2008年11月28日
利息の歴史
現在、日本における金利法体系は「利息制限法」と「出資法」の二つによって規制されている。
「利息制限法」では、元本(元金)に応じて上限金利を「年率15~20%」と定めているが、貸金業者は通常これを超えた金利で営業しており、その前提となっているのが「出資法」による金利設定である。
「利息制限法」により定められた金利を超えても「出資法」によるそれを超えなければ罰則規定はない。
いわゆるこの範囲が「グレーゾーン」と称される部分で、貸金業界は「ダブルスタンダードの法律」で営まれている。
そして、何かと物議を醸し出す要因となっているのもこの「二つの法律」が並立しているからである。
そもそも上限金利の引き下げは戦後の混乱期に始まったとされている。
当時は「出資法」という法律自体制定されておらず、貸金の金利に対しては「上限金利を日歩50銭(年率換算で182.5%)とする」とした行政指導が唯一の基準であった。
その後、朝鮮戦争の勃発や特需後による不況が重なり、闇金融や違法な利殖商法が社会問題化する。
それらに規制を設けるため、1954年「出資法」が制定された。
ちなみに、当初の上限金利は「109.5%」だった。
「オイルショック」といわれた1974年前後から「サラ金問題」が悪化し始める。
翌75年に、当時の野党である社会党が国会でサラ金批判を展開し始め、77年には各党が規制法案を提出した。
翌78年、与党である自民党もサラ金対策に本腰を入れるようになり紆余曲折を経た結果、83年5月、上限金利を引き下げる「出資法改正法案」が成立したのである。
以後、数年おきに見直しが図られ、2000年6月には現在の上限金利にあたる「29.2%」に下げされた。
実は、2003年6月、同上限金利の見直し案が国会で議論される予定だったが、「ヤミ金規制法案」の法案成立が急務の議題とされたため、上限金利の論議は「現状稚持」として持ち越しされた。
投稿者: 日時: 2008年11月28日 09:43 | パーマリンク |TOPページへ ▲画面上へ
利息の歴史を最後までお読下さいましてありがとうございます。
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